連載|山影の町から 05

巣箱の内外

©️Kasama Naoko

 何が直接のきっかけで、昨春、小鳥の巣箱を設置したのかは思い出せない。前から、そのうちに、とは思っていた。

 シジュウカラ用に直径二八ミリの円い穴のついた木製の巣箱キットを買い、組み立てる。垂直ないし少し手前へ傾いだ木の幹で、天敵に襲われる原因となる横枝が少なく、穴からの見通しがよいところへ、という説明文どおりの場所を探し、シラカシの大木の幹、地上三メートルほどの位置に取りつけた。もう四月に入っていたはずだから、巣箱をかける時期としては、だいぶ遅い。

 巣箱を置けば、かなりの確率でシジュウカラが入る、とは聞いていたものの、そううまくは行かないだろうという気持ちが、たぶんどこかにあって、取りつけたきり放っていた。シジュウカラが巣箱に出入りしていることに気づいたのは、五月あたまになってから。そのときには、もう雛はかえっていた。親が給餌のためにせわしなく行き来するので、目に留まったのだ。巣箱に近づくと、雛たちの小さな鳴き声がする。

 仕事の合間に、二階の窓から巣箱を見下ろす。親が餌をくわえて戻るときに、いきなり巣箱に向かわず、近くの枝に留まって様子を確認していることなども、わかってきた。

 ある日、親が突然、シジュウカラにしては相当に大きな声で鳴き出した。シラカシの近くにあるウメの大木から、連れ合いに呼びかけているようだ。窓ごしに巣箱のほうを見てみると、木の根元にネコがいた。うちには近所のネコが大勢出入りするけれど、この若いキジトラ白はやんちゃで、ウメの木に登っておりられなくなったり、わたしがシャベルで穴を掘るのを興味深げに眺めたりしていたので、見覚えがある。

 急いで庭へ出て、こら、と言うと、慌てたのか、木から離れるのではなく、どんどん木に登り、巣箱の裏側を通り越して、ずいぶん上まで行ってしまった。こんなに簡単に巣箱の位置まで登れるのでは、いつ雛がやられるかわからない、という不安と、また木からおりられなくなっているのではないかという、おかしいような気持ちが入り交じりつつ、しばらく見あげて睨み合ったが、埒があかず、結局あきらめて家に戻った。しばらく経って確かめると、ネコはおりていなくなり、鳥は無事だった。

 さらに数日経ったある日、気がつくと、辺りが静かになっていた。頻繁に餌やりに来ていた親が一向に来ない。近寄って耳を澄ませたが、雛たちの鳴き声は聞こえなかった。脚立を出して、おそるおそる、蓋を開けて中を覗くと、誰もいなかった。

 巣を取り出して、玄関先に置く。乾いた苔を厚く敷いた上に、白い獣毛が綿を薄く広げたように載っている。ネコはシジュウカラの天敵だが、ネコの毛は巣作りの材料なのだ。汚れはひとつもなく、苔の爽やかな匂いがする。餌を運び入れるとき、代わりに雛の糞を運び出して、つねに巣を清潔に保つのだそうだ。触ると、表面はふわふわで、押すと苔の適度な弾力があり、自分も小さくなってここに寝たい、と思うほど、心地よかった。

 この時点で、すでに五月半ば。子育ての季節はおおむね終わっているはずだけれど、巣箱は年中かけておけば休憩所にもなるそうなので、掃除をして、またかけておいた。

 五月末、シジュウカラが新たに、巣箱に苔を運びに来ているのを発見して驚いた。前と同じ個体なのか、別なのかはわからない。もう時期が遅すぎるのではないかと思ったが、せっせと巣をつくっている。

 今度は、卵を産んで温める段階から観察できると思い、時々、窓から見下ろした。さえずりがよく聞こえてくる。巣づくりから抱卵まではすべて雌の仕事で、雌に付き添う雄がさえずるのだという。そろそろ、一日に一個ずつ、卵を産んでいるのだろうか。

 ところが、一週間ほど経ったころから、雄が来なくなった。そして雌のほうは、巣箱にいることはいるのだが、穴から顔を出していることが多い。しばらく見回しては、首を引っ込める、を繰り返している。困っているようにも見える。

 中を確かめたほうがいいのか、とも思うが、放棄されてはいないので、なかなか決心がつかない。梅雨が近づき、雨の日が増えた。そして、遠目にも、穴の周囲がなにか汚れているような感じになってきた。親の姿を見る機会も稀になり、とうとう観念して、巣箱を開けることにしたときには、もう六月末になっていた。

 脚立にのぼって、巣箱に近づくと、穴の周囲に小バエがたかり、甘ったるいような腐臭がする。蓋を開けると、中は暗くてよく見えないが、白い獣毛の中心に、黒い、円い穴が穿たれている。黒い円のなかに小さな白っぽいものが多数蠢いているのは、小バエのウジだろう。ブラックホールみたいだ、と思った。吸い込まれる。

 巣の全体がじっとりと濡れているのに気づいて、見あげると、巣箱の少し上にある枯れ枝の根元が裂けて、その裂け目の先端が、ちょうど巣箱の蓋の真上に来ていた。枝を伝う雨が裂け目に溜まり、巣箱に落ちていたのだ。巣箱の底に空いている排水用の隙間も、濡れた苔や汚れで詰まっていた。取り外して、中身を捨てて、洗う。酸素漂白剤に二度漬けて、ようやく臭いは薄れてきた。ふたたび脚立に戻って、枯れ枝を伐ると、裂け目には小型のアリが巣をつくっていて、アリと、アリの卵がぼろぼろと落ちた。

 シジュウカラの雛たちが巣立った五月、菊畑茂久馬が亡くなった。美術作家としてのみならず、書き手としても唯一無二の存在だったと教わり、著作集を手に入れた。出色と教えられた、母の凄絶な死にまつわる文章はもちろん、五島列島で過ごした幼少期、敗戦前後の福岡のことなど、個人的な記憶を綴ったエッセイは鮮烈で、忘れがたい。

 反復されるテーマのひとつに、殺生がある。焼け跡が広がる博多の街で、子どもたちはみんなウサギを飼った。世話をし、つがわせて増やし、屠って皮をむいて肉にするところまで、子どもの仕事。その後も、福岡で畑仕事をしながら創作活動をつづけた菊畑は、よく動物を飼った。そして、家のハトが近所の苦情の種になれば、もう飼えないからと食いつくし、よく乳を出してくれた雌ヤギが老いれば、ライオンの餌になるのを承知で動物園に送った。

 それは、かわいがっていなかった、ということではない。残虐、というのとも、違う。ウサギの柔らかい毛をなでることと、その皮を裏返す感触を確かめることは、この場合、ひとつながりなのだと思う。物事を、表から見て、次に裏から見る、というような。無論、動物の苦痛を軸に考える今日の立場からすると、その具体的な殺し方には容認しがたい面があるだろうけれど、少なくとも、菊畑の態度には、生命の表と裏を一貫して引き受ける誠実さがある。きれいなものと汚いもの、見えるものと隠れているもの、慕われるものと疎まれるもの、生きるものと死ぬもの。その死を通じて、別のものが生き延びることもある。

 わたしはシジュウカラに産卵の場を提供したが、同時に、鳥を襲うネコやヘビにも、彼らなりの生活がある。育たなかった卵を食べるウジも、それはそれで、生物の循環の一部をなす。生きものの多い場所で暮らすというのは、そうした環境を受け入れることでもあるだろう。巣箱をかけた最初の年に、一度目は表、二度目は裏と、両方を経験できたのは、幸いだった。

笠間直穂子(Naoko Kasama)

フランス語文学研究・翻訳。國學院大學文学部准教授。宮崎県串間市生れ。著書に、『文芸翻訳入門』(フィルムアート社、共著)、『文学とアダプテーション』(春風社、共著)他。訳書に、ンディアイ『心ふさがれて』(第十五回日仏翻訳文学賞)、『みんな友だち』(以上、インスクリプト)、『ねがいごと』(駿河台出版社)、モーパッサン『わたしたちの心』(岩波文庫)、フローベール『サランボー』(抄訳。集英社文庫、ポケットマスターピース 07)、シャルル・フェルディナン・ラミュ『パストラル──ラミュ短篇選』(東宣出版) 他。