©️Kasama Naoko

 今年は夏に雨がつづいたり、気温が異常に下がったりしたせいか、キンモクセイの開花がとても早く、例年は十月に入る前後なのが、九月中旬にはもう咲ききってしまった。家にある一本は、ほかの木に隠れて目の届きにくいところに植わっているため、ふだんは存在を忘れがちで、毎年、香りが届くと、そうだ、キンモクセイがあった、と思い出す。

 五年前の九月末、ここに引っ越してきた日に、匂いに気づき、庭にキンモクセイがあることを知った。節目、のようなことにはあまり興味がないけれど、ともあれ、この家に住みはじめた日と、キンモクセイの香りとが、記憶のなかで結びついている。

  この「物件」を、最初に見にきたときは、二月下旬で、薄桃色の、ウメのような、モモのような花が咲いていた。同じ都区内のマンションに住む、定年で教職を退いた年上の友人、Eさんと一緒だった。そのマンションに暮らすことになったのは、彼女に誘われたのがきっかけで、入居後も、お茶をご馳走になったり、おかずのお裾分けが届いたりと、気にかけてもらっていたから、いきなり一人で転居を決めるのではなく、できれば彼女も納得する引っ越し先にしたいと考え、内見に誘うことを思いついた。

 地元の不動産屋、Mさんの案内で、家のあちこちを見ながら、わたしたちは、花が咲いてるね、桜色だけどサクラには早いし、ウメには遅い、なんだろう、と話した。家については、Eさんもわたしも、気に入った。わたしがマンションを出てこういうところに住みたいと思っていることについて、彼女は腑に落ちたようだった。

 街なかで、生活の不便がなく、かつ、適度な広さの庭がある。土地の裏が下り斜面のため、裏から見ると高台に建っていて、明るく風通しがよい。家は一九八〇年代初頭のハウスメーカーによる注文住宅で、築四十年近いが、建材がしっかりしている上に、よく管理されており、傷みがほとんどない。市街地ながら、木々に囲まれた洋館の趣がある。やめておこうと思う理由が見当たらなかった。

 咲いていた花は、翌年に、ウメと判明した。おそらく南高梅で、これはアンズとかけあわせた遅咲きの品種。アンズと同じくらい、実が大きく、長年放置された結果、二階建ての屋根を越すほどの大木になっているので、たくさん採れる。

 Eさんと訪れたあと、築年数の経った中古ではあるから、建物の状態について専門家の意見をもらおうと思い、学生時代の先輩にあたる建築家のGさんに連絡を取って、一週間後、二度目の内見に同行してもらった。ざっと見て不安そうな状態なら、あらためて業者に診断を依頼するつもりだったが、Gさん自身が小屋裏も床下も点検してくれて、問題ないとの判断を下した。

 その次に来たときは、ハナミズキが咲いていた。敷地の進入路、いわゆる旗竿型の土地の竿の部分に、隣地との境界に沿って、当時は三本のハナミズキがあった。一番手前は、白い一重のハナミズキ。その次、通路の中央あたりに、白い八重咲き、たぶんアルバプレナという品種のもの。一番奥は、たしかピンクがかった色の一重だったと思うが、幹に虫が入ったようであまり元気がなく、わたしが住みはじめたあと、立ち枯れてしまった。けれども手前と中央は、真っ白に見えるほどよく咲いて、本当にきれいだ、と思ったのを覚えている。

 ハナミズキが咲いていたということは、四月下旬。このとき、なんのために行ったのかは、よく覚えていないけれど、手帳を見返すと、四月のはじめに、東京にある買い手側の不動産屋を訪れている。ここで買う意志を伝えて、下旬に東京側と秩父側、双方の不動産屋とともに、現地を見にきたのかもしれない。

 このあと、価格交渉に多少手間取ったが、解決して、八月には契約を交わし、九月上旬に入居前の耐震改修工事を済ませた。そして、キンモクセイの咲く月末に、この家の住人となった。

 ウメとともに出会い、ハナミズキとともに決めて、キンモクセイとともに住みはじめた。

 しばらく前、写真家のKさんと話していたとき、秩父に引っ越したことについて、後悔はしてない? と訊かれ、あまりに思いがけない問いに、まったく答えを思いつくことができず、何秒か、絶句した。

 もともと、自分の決めたことに対しては、滅多に後悔をしない性質ではあるのだが、それにしても、東京都心の集合住宅に留まっていればよかったと悔いるような点が、思いつかない。あえて言えば、東京で深夜まで飲んだり生演奏を聴いたりしづらいことくらいだけれど、たまのことなら、どこかに泊まればよいのだし、昨年からは、そうした機会自体、ほぼなくなった。

 わたしが秩父に「引っこんだ」と聞いて心配する友人知人と話してみると、こちらが人里離れた古民家に起居して農業に精を出し、自給自足を目指していると思われていることが少なくない。

 都会暮らしのステレオタイプと、田舎暮らしのステレオタイプ。現実には、そのどちらにも当て嵌まらない、無数の暮らし方がある。わたしは、本を基準に考えて、冊子体の書物を収める都合から、ある程度の気密性のある洋式の家を探した。畑はなく、数株だけの野菜の苗と、野草を生やした庭がある。きのうは鮮やかな赤トンボ、ミヤマアカネが、玄関先の赤ジソの花にしばらく留まっていた(ずっと前に買った今森光彦『空とぶ宝石 トンボ』を引っ張り出して、たしかめた)。

 外へ出れば、地産の野菜だけで毎日食事をつくることができるほどさまざまな作物を買うことができて、他方、つくりたくないときに行く店の候補にも事欠かない。そして、すぐそこに山が見える。わたしはここにいたい。

笠間直穂子(Naoko Kasama)

フランス語文学研究・翻訳。國學院大學文学部准教授。宮崎県串間市生れ。著書に、『文芸翻訳入門』(フィルムアート社、共著)、『文学とアダプテーション』(春風社、共著)他。訳書に、ンディアイ『心ふさがれて』(第十五回日仏翻訳文学賞)、『みんな友だち』(以上、インスクリプト)、『ねがいごと』(駿河台出版社)、モーパッサン『わたしたちの心』(岩波文庫)、フローベール『サランボー』(抄訳。集英社文庫、ポケットマスターピース 07)、シャルル・フェルディナン・ラミュ『パストラル──ラミュ短篇選』(東宣出版) 他。