矛盾の坩堝・保育の現場
─コロナ禍の中での保育士の奮闘

「マスクを重ねて」

 

 2020年3月末、空高く枝いっぱいに花を咲かせる木蓮の白が一瞬マスクに見えた。以前は鳥のようだと思ったのに。同じ日、大型手芸店に行くと、女たちが白い布やガ─ゼなどを買い求めレジは長蛇の列だった。彼女らは愛する夫や子どもたちのためにせっせとマスクを作るのだろう。千人針か? 突然、想像が戦時中に飛んだ。祈りを込めて願いを込めて一針一針刺す。怨念も込めて?
 新型コロナウイルスの感染拡大でカミュの「ペスト」が売れているという。600年前に大流行し、1億人以上が死んだとされるペスト(黒死病)に今、光が当たり、さらに1918年から19年にかけて世界中で猛威を振るったスペイン風邪もまた話題にのぼったりする。日本国内でも40万人以上の死者を出したスペイン風邪だが、その当時作成された啓発ポスタ─には「恐るべし『ハヤリカゼ』のバイキン!」「マスクをかけぬ命知らず!」とあり、人々が黒いマスクをしているのがわかる11スペイン風邪に学ぶことは─20世紀最悪のパンデミック 朝日新聞2020.4.24 啓発ポスターは内務省衛生局編「流行性感冒」から(国立保健医療科学院図書館所蔵)

保育士たちの3.11

 

 東日本大震災では、園長、保育士たちの迅速かつ適切な行動により子どもたちのいのちが守られた。以前から縁があったこともあり、震災後5月より被災地となった東北地方を毎週のように訪れた124か月にわたる訪問によりDVD「3,11その時、保育園は」(岩波映像2011)を作成。女川では津波によってすっかり流された園舎のあとに子ども用和式便器と水道の蛇口だけが遺されていた。釜石では園舎の骨組みだけが残り、瓦礫の中に倒れたピアノがあった。閖上(ゆりあげ。名取市)の保育園があったはずの敷地には流された墓石が山ほど積まれていた。戦災で焼かれた後のような大槌町の道端にすずらんの花が咲いていた。それでも保育士や園長は代替の保育場所(プレハブや公民館等)で子どもたちとともに元気に過ごし、保育の日常を取り戻そうとしていた。そして、私の求めに応じ、たくさんの貴重な話を聞かせてくれた。たいへんだったことも苦しかったことも笑顔にくるんで。
 福島県内の保育園を訪れたのは7月になってからだ。浜通りに足を踏み入れることはできず、中通りにある本宮市、伊達市、福島市の保育園を訪れた。保育士は園舎内外の各所で一日3回、放射線量の計測を行い、給食食材も線量を計った上で使用し、外遊びができない中、遊具や教材の充実を図りながら室内での運動遊びを工夫していた。子どもたちには線量バッジが付けられ、それを毎日回収して記録したり、子どもたちの体調を常に気にしながら放射能の危険についてわかりやすく子どもに伝えたりする姿もあった。また、先の見えない保護者の不安を受け止めたり、保護者と話し合ったりしていた。土曜日には園児の父親がリ─ドして母親、保育士も総出で園舎外壁や園庭の除染作業に勤しみ、私も微力ながら夢中で草取りに励んだことを思い出す。
 本宮市の保育園を訪れた時だ。まだ、線量が高く、園が休園していた4月から5月にかけて、地元のFM局に掛け合い、ラジオを通して保育を行ったという話をうかがった。市内の各園がそれぞれ時間枠を受け持ち、マイクの前で子どもの名前を呼んだり、歌を歌ったり、昔話を聴かせたり、ダンスを踊ったりしたという。ラジオから流れる先生たちの明るい声に子どもたちはさぞ喜んだことだろう。その音源を「FMもとみや」でお借りして聞いてみた。保育士はDJにも歌手にも語り部にもなれる。
 東日本大震災は首都圏にも被害をもたらし、3月11日当日は多くの帰宅困難者を生んだが、保護者が迎えに来られない子どもは園に泊まった。横浜市内の保育園だけでもその日、計400人余の乳幼児が保育園に泊まり、保育士たちに囲まれて眠った。全国の多くの保育現場でこのような光景が見られたことだろう。

コロナ禍の不安の中で

 

 3.11から9年が経ち、この間も保育園では毎月1回の避難訓練を実施するとともに、水害などの自然災害から子どもたちを守り、日々の保育を通して子どもの育ちと保護者の就労を支えてきた。幼稚園は学校教育法に定める「学校」種の一つで、3歳以上の子どもが対象であるが、保育所は児童福祉法で定められている児童福祉施設の一つである。法律上は「保育所」であるが一般的には「保育園」として浸透しており、0歳から就学前までの子どもを長時間にわたり保育している。福祉の観点から、そして保護者の就労を支えるため夏休みも春休みもない。年末年始のわずかな休みと日曜だけが休園となり、例えば、暴風雨警報が出たり、インフルエンザが流行ったりしても門を閉じることはない。
 新型コロナウイルスの感染が広がる中、2月27日には唐突に小学校、中学校、高校等の休校要請がなされ、幼稚園や大学もこれに倣ったが、保育園や学童保育は蚊帳の外であった。保護者の就労を支えるために保育園は閉じてはいけない、いつでも開いているのが保育園であり、「感染予防に努めながら保育を継続すること」。これが国(厚生労働省)からの要請であった。各園では手洗いや消毒を徹底しながら保育に励み、子どもや保護者の気持ちを汲み取り一人一人の家庭の状況を把握しながら通常保育を続けたのである。
 このような中で、横浜市内の保育園の保育士がコロナウイルスに感染した。4月8日にPCR検査で陽性が判明し、すぐに自治体に報告したところ、市は「ただちに休園にしなくとも、保健所の詳しい検査が終わってからでいい」と保育の継続を指示した。休園を訴えても聞き入れてもらえなかった園長は、9日朝、独自の判断で保護者全員に保育士の感染を伝え、その日の登園者はいなかった。このことについて横浜市私立保育園園長会は「情報操作や隠蔽ともとれる対応」として市に要望書を提出し「保育所が保護者への公表をすることを妨げないこと」などを求めた13新型コロナ 保育士の感染口止め 横浜市、園に開示保留要請 毎日新聞 2020.4.16 https://mainichi.jp/articles/20200416/ddp/041/040/011000c
 一方、保育園を直接所管する自治体(市区町村)の一部では、学校の休校に伴い、保育士の出勤に支障が生じることを受け、保育園利用の自粛を保護者に求める通知を発出した。例えば新宿区子ども家庭部保育課からの通知には「勤務先にご相談の上、ご家庭での保育にご協力ください」とあり、これに倣う自治体が15区15市町村となった。
 既に保護者の中には感染を恐れ、自主的に保育園を休ませる人もいたが、「預かってもらえないと困る」という声も多く、各園では一人一人の保護者の微妙に異なる声や訴えに応えながら、できるだけ「三密」を避け、工夫して保育を行った。だが、国が定める「児童福祉施設の設備及び運営に関する基準14旧「児童福祉施設最低基準」であり、保育所の設置基準、面積基準、保育士の人員配置等について国が定めている、認可保育所はこれを遵守しなければならない。」において園児一人当たりの保育室の面積基準は、0歳と1歳児では3.3㎡、2歳~5歳児は1.98㎡であり、十分なスペ─スをとることは難しい。また、食事や授乳、着替えや排泄の世話などはもちろん遊びの場面においてもスキンシップや密接な関わりが必要である。そして、一人一人の子どもへの丁寧な関わりと援助が子どもの心身の安定や成長に深くつながるのであり、ソ─シャルディスタンスを守るのは保育においてなかなか困難なことだ。

非常事態宣言発出後の保育

 

 4月7日に非常事態宣言が出されてからは、多くの自治体で「保育自粛」の依頼が保護者に出され、中には前代未聞の「休園要請」を発出する自治体もあった。東京23区内では新宿区、渋谷区、目黒区、品川区など8つの区がこれにあたるが、足並みはそろっていない。その後、休園は各地域に広がり、4月16日時点で168の園が原則休園としている。同月7日に国から各自治体に出された「緊急事態宣言後の保育所の対応等について」には「保育の提供を縮小して実施する」また、園児や職員が罹患した場合においては「臨時休園を検討する」とあり、コロナウイルス感染者が出るまでは原則開園としている。
 実際には「自粛」であっても「休園」であってもひとり親家庭や医療従事者の子どもをはじめ、必用度が高い子どもの保育は続けられている。確かに非常事態宣言後は登園率は下がり、特に地元自治体に感染者が出ると登園を自粛するケ─スが増えるが、いずれの園も完全休園とはならなかった。例えば目黒区HPによると、休園を決めた4月22日以降の公立保育園登園率は約10%(土曜日を除く)、葛飾区のA園では約3割の子どもが登園している。
 全国私立保育園連盟が4月23日から30日にかけて実施した調査15本調査は全国の保育園対象に調査票に基づくインタ─ネットによる調査であり、3147施設から回答があった。(全私保連HP「あおむし通信」に結果掲載)によると園児の登園率(出席率)は様々であるが、20%から40%の園が多い。また、地元の感染者数が増えて、一時的に減った登園率がその後、また増えることもあり、調査書では「登園自粛の初期段階では実家に保育を頼むなどの対応策があったものの、長期化によって保育施設を利用せざるを得なくなっているためではないか」としている。また、「『原則開園・登園自粛依頼』と『原則休園・状況受入れ』では保護者の受け止め方が異なることや「休園の方が勤務を休みやすい」という保護者の声もあった。報告書では、「曖昧な自粛要請では保育園は振り回されてしまう」「保育士の心のケアの必要性を感じる」「集団感染への恐れや不安を抱えながら開園している」「衛生管理と健康管理等、責任感と緊張で疲労の日々」「(国は)保育所の役割を経済活動を停滞させないための一機関としてしか見ていない」といった園長の声も挙げられている。また、衛生物資の不足を訴える園も多く、人員的にも余裕がないこと、今後の運営に見通しが立たないことなど、現場の不安や保育の困難さが見て取れる。

園長たちの声

 

 直接話をうかがった葛飾区の園長は「看護師や介護士の保護者だけでなく、ずっと家にいたら心配な家庭にはさりげなく声をかけ登園してもらっています。虐待の恐れがある家庭もあり、また、子どもの食生活も心配です」と述べ、石川県金沢市の園長は「中小零細企業に勤める保護者、ひとり親家庭などホ─ムワ─クが難しい家庭も多く、分け隔てなく保育しています。感染に対し過敏になっている保護者の心のケアも必要です」と話してくれた。
 さらに外国籍または外国にル─ツを持つ子どもたちが全園児の8割という横浜市内の園16横浜市泉区にある本園は、約30年にわたり多文化共生の保育を実践している。これは隣接する大和市にインドシナ難民の定住促進センタ─があり1980年代から難民の方が園に隣接する県営団地に定住したこと、地域に外国人労働者の働く職場が多いことから多数の外国人が居住しているためである。では、自治体から次々と出される通知の翻訳や外国人保護者への説明を通訳とともに頻繁に行っているという。現在は、中国、ベトナム、カンボジア、ラオス、ブラジル、ペル─、パキスタン、バングラデシュの子どもが63人在籍しており、その保護者の仕事は介護や工場勤務が多く、就労に関する様々な悩みを聴くケ─スもある。生活習慣や文化的背景、言葉の壁があるが、コロナ感染予防について共通に理解し、実践できるよう子どもたちの力も借りながら努めている。
 新宿区の園長は「園庭がないので、散歩に出たり近所の公園で遊ばせたりしていましたが、公園が使用禁止になったり、散歩に出ると怪訝な目で見られたりして、なかなか戸外で遊べず、子どもたちもストレスを感じているのでは…」と話す。また、練馬区の園長は「この間、登園を控えている家庭に、担任が2回、電話をして子どもや保護者の様子を聴き取っています。中には『もう限界です』と涙する保護者もいて登園を働きかけました」と話した。さらに「障がいのある子どもはほぼ毎日登園しています」と付け加えられた。
 北九州市の保育園では、子どもの食事(給食)時間に差をつけて1テ─ブルに2人ずつ横並びに座り、遊びの場面でも対面にならないよう気を付けているという。さらに家庭にいる子どもに向けて動画を配信し、保育士が遊びを提供したりメッセ─ジを送ったりしている。こうした画像をアップする園は各地でみられる。一方、子どもの体験不足や友達との関わりの減少が子どもの成長に及ぼす影響を案じている保育士も少なくない。「通常保育に戻ってからが勝負!」と意気込む園長も、一気に全員が登園するのではなく時間差登園ができるどうか、子どもに「ダメダメ」を言わない保育環境をどう整えられるかなど、悩みは尽きない様子だった。

あなたに言われたくない「人権への配慮」

 

 保育現場では国や自治体のそれぞれの要請や意向、各保護者の就労状況や家庭の様子、一人一人の子どもの年齢や心身の状態、そして社会の動向や世間の目を気にしたり考慮したりしながら保育を行っている。相矛盾する様々な課題に直面しつつ待ったなしの判断を迫られ、時に自治体(行政)と闘ったり、保護者と話し合ったり、職員同士で意見をぶつけ合うこともある。何より子どもたちの健康と安全を守り、子どもの成長を支えるための遊びや活動を考える中で、どこまでどのようにできるかを試行錯誤し、保育と感染予防の両立を模索している。もし自分が感染したら、もし自分が子どもを感染させてしまったらと常に不安を抱いているが、子どもの前では平常心で笑顔を絶やさず、できるだけ普段通りの保育を心がけているというのが大方の保育士の在り様だろう。
 また、登園を控え家庭にいる子どもへの配慮も重要である。実際、ホ─ムワ─クをしている母親が、増える家事育児の負担に疲れたり、収入減も相まって夫婦間のもめごとが多くなったりといった悩みを保育士に打ち明ける例もあり、子どもの心身への影響が懸念される。実際、今年1月から3月に全国の児童相談所が対応した「児童虐待相談対応件数」は前年に比べて1~2割強の増加となった*7。国を挙げて奨励される「ステイホ─ム」によって子どもが苦しめられるケ─スもあり、家事育児を同等に担う父親がこの国ではまだ少ないことが母親のストレスになっていることも十分考えられる。
 このように保育現場では、多様な視点を持ちながら、また様々な葛藤を抱えながら、子どもの命と人権を守ろうと奮闘している。その保育現場に対し、国は政府広報「新型コロナウイルス対策第8」篇(4月21日より30日までテレビ全国放映)によって、保育士たちを大いに失望させた。ここには保育所が医療従事者の子どもの預かりを拒んだり、偏見や差別をあたかも持っているかのような映像が流された。保育所に対し「人権を守れ」という国からのお達しである。確かに、国や自治体の指示が曖昧で、関係者が感染した時の対応について一定の基準がないまま、保育園が結果的に保育を断ることになった事例はあった。看護師である保護者が勤める病院で感染者が出たという事実に保育現場は困惑し、子どもへの感染拡大を防ごうと保育の自粛を求めたというのだ。こうしたわずかな事例を大きく取り上げて「保育所における差別・偏見の禁止に関する政府広報」を通して現場への「理解促進を図る」とした国の姿勢こそ、巷に多く出現している「正しさ」を振りかざす人に連なり、「自警団」のような集団を生むことに繫がるのではないだろうか。
 與那覇潤は「『彼らを差別するな』と憤る人が裏面で、政府の掲げる『接触8割減』に賛同し、従わない相手を『不謹慎だ』と叩く例も目立つ。これは奇妙である」と記している。そして、「政策を煽りながら、帰結としての風評被害に対してだけ『同情』を寄せるあり方は、自作自演だと気付くべきだ」としている17與那覇潤の歴史なき時代 差別するなと言いながら 朝日新聞2020.3.31。現政権の自作自演は今に始まったことではないが、多くの人の反発を招きながらも、知らず知らずのうちに人の心をむしばんでいるような気がしてならない。

「新しい生活様式」をめぐって

 

 保護・養育・教育を含む多義的な意味合いを持つ「保育」とその実際は、なかなか伝わりにくい。児童福祉法に定められている保育士の定義は、「専門的知識及び技術をもって、児童の保育及び児童の保護者に対する保育に関する指導を行うことを業とする者」である。特に今日では、子育てに不安を感じている保護者、障がいのある子どもの保護者、外国人の保護者やひとり親家庭、経済的に困窮している家庭も多く、保育の役割は多岐に及ぶ。
 保育は重要な社会のインフラであり、現在、全国約2万8千か所の保育園に260万人余の子どもたちが在籍し(福祉行政報告2019)、その数は少子化の中にあっても増え続けている。働く父親と専業主婦を想定した制度設計が長らく続き、その後、国は見直しを図ったもののできるだけお金をかけないつぎはぎだらけの政策である。実際、「賃金構造基本統計調査」(厚生労働省2019)によると保育士の給与は全職種の平均給与の69%に過ぎず、介護職の給与同様、たいへん低い。先に見たとおり、保育室の面積基準は諸外国の中でも相当に低く、狭い部屋に子どもを入れて集団で一斉に保育する形をいつまでも強いている。
 東日本大震災やその後の自然災害、そして今回のコロナ感染に際し、体を張ってがんばってしまう保育士の姿を度々見かけた。また、厳しい状況の中でも子どもや保護者に寄り添い、保育を工夫したり、保育士同士協力する姿も多く見られた。子どもを守るという使命感や責任感が往々にして強い園長や保育士のマインドに国や社会は頼り、あるいは利用し、時に自己責任という名で突き放す。また、無理難題を押し付ける。
 「新しい日常」「新たな生活様式」という名の我慢を国民に強いる前にやってもらいたいことがある。「保育士の新しい日常」や「保育園の新たな生活様式」を打ち出してほしい。いや、任せるわけにはいかないし一律に括られてもかなわない。それは、保育士自らが目の前の子どもとともに描き出し、地域社会に発信してこそ意味があるのだろう。

コロナ後の世界の色と香り

 

 個人的体験を超えて、コロナ感染をめぐるさまざまな事象は東日本大震災の時と重なる。風評被害や関連死(原発関連死のようにコロナ感染死が危ぶまれる)、人々の誹謗中傷や差別発言、それが起こる前から既にあったこの国の体質や問題点があぶり出されるといった点も同様である。9年前には放射線量の数字を確認し、今は感染者数の数字に一喜一憂している。絆とか連帯とかが強調されるところも似ている。言葉は時に不在を補おうとする。
 神保太郎が指摘するように、東日本大震災は「原子力エネルギ─に依存して経済繁栄を築いてきた戦後日本のあり方を脱する最大のチャンス」だったのに「あろうことか原発を再稼働させ、再び経済的繁栄にしがみつこうとした18メディア批評 第150回 神保太郎 世界(岩波書店)2020.6月号」今回、オリンピックにもしがみついたことがどのような事態を招いたのか。そして、人々の苦しい生活や生身で人と関わる仕事をする人への想像力や配慮があったのか。行動変容だの新しい生活様式だの言ってもそれができない人が多くいること、そもそも「ホ─ム」が崩れかかっていること、こうしたことについて何の検証も行わず、キャッチコピ─だけを振りかざすことはご遠慮願いたい。
 大澤真幸は、今回のコロナ危機が「人間倫理の根幹をないがしろにしてしまうおそれ」や「国家のエゴイズムが問題を深刻化させてしまう」ことなどについて言及しつつ、それでもこの苦境は「国家を超えた連帯の好機」であり、「絶望的と思える時にこそ、思い切ったことができる」としている19新型コロナ 国家超えた連帯の好機 インタビュ─ 大澤真幸 朝日新聞2020.4.8。他にも、今回の危機的状況が変革を生む契機となったり、ターニングポイントとなりうるといった識者らの発言も目立つ。
 コロナ後の世界は確かに変わるのだろう。しかし、どう変わるのか、何が大切にされ、何が失われていくのか。感染のリスクが高い医療・福祉・保育などの仕事はどのように評価され、「現場」の大事さや必要性はどう認められていくのか。概して低賃金で非正規雇用が多い保育や介護の仕事はオンラインやテレワ─クでは行えない。こうしたケアに関わる労働は前時代的となってしまうのだろうか。
 生身で人と関わり、語り合ったり、唾を飛ばして口論したり、一緒に大皿をつついたり、杯を回し飲みしたり、時には密閉空間で密接に密会する。こうしたことができなくなるのは悲しい。今後またどこからかやってくる感染症に対し、「それぞれの国の情報や知見を共有」することも「感染症協力に内在する潜在力を最大限生かす政治的努力20人類と病 国際政治から見る感染症と健康格差 詫摩佳代 中公新書 2020」も必要だ。しかし、人々が強さを求め、強さに依存し、こぼれ落ちた人々を踏んづけてしまうような強権を許してはならないと思う。
 保育はこうしたことの対極にあると考えている。0歳の赤ちゃんから6歳の子どもまで、関われば関わるほど「してあげている」という感覚は薄れ、気が付くと自分が助けられたり、新たな視点が生まれたりしている。幼子という弱き存在によって弱い自分が引き出され、人間存在の大元が実感されるのである。いかに強くあるかは意味をなさず、ただそこに在ること、共にいることが人と関わる原点のように感じられるのである。
 だから、私は思う。
 誰かと手をつないでモクレンの木を見上げ、すずらんの香りに包まれたいと。もちろんマスクをはずして。


  1. スペイン風邪に学ぶことは─20世紀最悪のパンデミック 朝日新聞2020.4.24
     啓発ポスターは内務省衛生局編「流行性感冒」から(国立保健医療科学院図書館所蔵)
  2. 4か月にわたる訪問によりDVD「3,11その時、保育園は」(岩波映像2011)を作成
  3. 新型コロナ 保育士の感染口止め 横浜市、園に開示保留要請 毎日新聞 2020.4.16
    https://mainichi.jp/articles/20200416/ddp/041/040/011000c
  4. 旧「児童福祉施設最低基準」であり、保育所の設置基準、面積基準、保育士の人員配置等について国が定めている、認可保育所はこれを遵守しなければならない。
  5. 本調査は全国の保育園対象に調査票に基づくインタ─ネットによる調査であり、3147施設から回答があった。(全私保連HP「あおむし通信」に結果掲載)
  6. 横浜市泉区にある本園は、約30年にわたり多文化共生の保育を実践している。これは隣接する大和市にインドシナ難民の定住促進センタ─があり1980年代から難民の方が園に隣接する県営団地に定住したこと、地域に外国人労働者の働く職場が多いことから多数の外国人が居住しているためである。
  7. 児童虐待相談対応件数の動向について(令和2年1月~3月分(速報値)厚生労働省2020.4.24 https://www.mhlw.go.jp/content/000628642.pdf
  8. 與那覇潤の歴史なき時代 差別するなと言いながら 朝日新聞2020.3.31
  9. メディア批評 第150回 神保太郎 世界(岩波書店)2020.6月号
  10. 新型コロナ 国家超えた連帯の好機 インタビュ─ 大澤真幸 朝日新聞2020.4.8
  11. 人類と病 国際政治から見る感染症と健康格差 詫摩佳代 中公新書 2020

天野珠路(Tamaji Amano) 

保育学。鶴見大学短期大学部教授。
単著に、『保育が織りなす豊かな世界─震災を経て生きる・遊ぶ・育ち合う』(ひかりのくに)、『写真で紹介 園の避難訓練ガイド』(かもがわ出版)など。
共著に、『基本保育シリーズ1 保育原理』、『基本保育シリーズ7 保育者論』(以上共編/児童育成協会監修、中央法規出版)、『保育学講座2 保育を支えるしくみ: 制度と行政』日本保育学会編集(東京大学出版会)など。