海路残照

ARMARIA1

森崎和江 著

定価:本体2,200円+税
2025年11月11日書店発売

四六判変型並製 カバー装 240頁
ISBN978-4-86784-010-8
装幀:川添英昭
カバー装画:岡﨑乾二郞
解説:渡邊英理

近年再び注目を集める森崎和江が、旅の思索を綴った一連の著作を代表する傑作ノンフィクション。800年生きたという言い伝えを残す八百比丘尼。その不老長寿の伝承をきっかけに、玄界灘に面した福岡県鐘崎の海女の軌跡を辿り、福井・小浜、能登・輪島、津軽・十三湖、北海道・松前へ。無名の無数の女たちの、時間を超えたいのちが息づく海。はるかな時空に思いを馳せながら重ねられる移動と思索。消え残る痕跡を求め、残照の日本海を北上する思想家の孤影が甦る名作。1981年に刊行された本書は、多くの史料を参照しながら歴史と各地の民俗へ接近しつつ、筑豊時代から育まれた国家とセクシュアリティを超えようとする思想が、紀行文の形をとって、みずみずしい情感とともに深められてゆく。『到来する女たち─石牟礼道子・中村きい子・森崎和江の思想文学』(書肆侃侃房)、『中上健次論』(インスクリプト)の渡邊英理による新たな読み筋を示す解説を付して刊行。復刊を中心とする新シリーズARMARIA 第一弾!

 名もないものが幾代も語ってきた話には、その表面からはうかがえない何かがある。語り伝えることで肥料をほどこしているような、心象の樹木が影のようにそこには茂っている。その葉末の音が、折々、現代のわたしたちにもとどいてくるのか、かき消えた草道をうかがうように、見えない音に心は乱される。そのような音にしか、生の証しを残しようのなかった無数の人びとが、この世には生きていた。その流れの一隅にわたしもひととき足をのせ、そしていずれは見えない音のなかへかき消える。個体のささやかな生に比して、万人の育てた心象樹木の大きなこと。庄の浦の長寿譚にうながされたわたしのさまよいは、今は見えなくなった語らいが何かを今日に告げようとしているのかもしれぬ。(本文より)