テクスチュアル・ハラスメント 増補新版

小谷真理=編訳著 ジョアナ・ラス=著

定価:本体3,700円+税
2026年4月18日書店発売

四六判上製 カバー装 392頁
ISBN978-4-86784-013-9
装幀:間村俊一
カバー写真:港千尋

〈テクスチュアル・ハラスメント〉という視点から女性の文章に対してなされてきた抑圧と誹謗中傷をフェミニズム的視点から捉え返す。
作品を貶める手口を図式化したジョアナ・ラス「女性の書き物を抑圧する方法」全訳、小谷真理書下し論考「この批評(ルビ:テクスト)に女性はいますか」に、第四波フェミニズムを踏まえた「三○年目のテクスチュアル・ハラスメント」他を加えた増補新版。本書を読まずに、女性の手になるテクストへの批評はもはやありえない。

 

 初版刊行から四半世紀がすぎてしまったので、いまいちど、テクスチュアル・ハラスメントの概念を確認しつつ、増補新版が刊行されるに至ったいきさつ─現代における本書の意義を書いておこう。
 くりかえすが、テクスチュアル・ハラスメントとは、「文章上の性的いやがらせ」のこと。もともとは文学の分野で登場したことばである。発案者は、英文学者メアリ・ジャコウバス。
 日常生活でなにげなく口にされる表現の中に、いかに女性を貶める構造が潜んでいるか。それを、とある論争を通して、ジャコウバスが発見し、「このクラスにテクストはありますか?」(一九八二年)という論考にしたためた。論文の内容は、解釈共同体理論で知られる文学者スタンリー・フィッシュが当時しきりにふっかけていた挑発的論争が素材になっている。それをフェミニズム視点から再解釈する、というユニークなものだった。具体的には、解釈共同体理論をめぐって男性学者同士で論争をしている横から、フェミニズム的な視線による切り込みが入り、そんな論争では実例として引き合いに出された女子学生を踏みつけることになりますよ、と論評するというもの。このフェミニストによる第三の解釈共同体からの主張が鋭利きわまりなかった。
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 このコンセプトにさっそうと飛び込んできたのが、ジョアナ・ラスの著書『女性の書き物を抑圧する方法』である。ショウォールターは男性作家の書いた文学作品を標的にしていたが、いっぽう、本書収録のジョアナ・ラスは、古今東西の女性作家を評価する批評(その多くは男性評論家によるもの)に焦点をしぼって、批評のなかのテクハラ表現を抽出し、分析したのである。多くのリサーチから浮かび上がってきたのは、テクハラ表現が類型化できること。それが次のように大きく二つに集約されること、である。
 ひとつは、女はそれを書いていない(自分で作っていない=女にはそんな能力はない、ということが前提になっている)。もうひとつは、女の書いたものは、よくないものだ(=女が書いているから、所詮ダメに決まっている)。この二点から女性作家を貶める表現がゴマンと作られ、女性作家の文学的価値を下げてきた、とラスは主張する。
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 女性執筆者だけではない、男性識者にとっても、テクハラはかなり日常的な問題だ、と指摘する。にもかかわらず、それが問題だ、ということについて、日本では詳細に言語化されることがあまりなかったのだ、という状況が窺える。とすると、テクハラは、現実からは少々遊離した文学のフィールドの話と捉えられがちだったが、案外日常的な話題なのだ。
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 したがってテクスチュアル・ハラスメントの問題系を考察していくことは、葛藤や衝突のそのさきにある、「変革のとき」を迎えるための重要なツールになることは、まちがいないだろう。ジョアナ・ラスの思弁性は今も有用である。というより、ようやく、現代のフェミニズムが、ラスのスペキュレーションに追いついた、と言えるのかもしれない。というわけで、ジョアナ・ラスの考察の賜物と、それをささえたであろう優しさを、徹底的に活用していただきたい。(本書収録「変革のときを迎えるために─三十年目のテクスチュアル・ハラスメント」より抜粋)