野の書物
阿部日奈子 著
定価:本体3,300円+税
2022年7月25日書店発売
四六判丸背上製 かがり綴カバー装 360頁
ISBN978-4-900997-95-0
装幀:間村俊一
カバー・本文写真:小原佐和子
30年間にわたって書かれた書評の中から59篇を精選した、著者初の書評集成。小説、詩歌、映画、音楽、写真、舞踏、ジェンダー・セクシュアリティから歴史、現代思想、現今の社会問題まで、書評対象ジャンルは多岐にわたるが、長い年月をかけて読まれ綴られ篩い分けられた散文は、いずれも自身の言葉によって生を切り拓いてきた著者の、書物を通じた一巻の自伝とも呼べるもので、野に親しみ、野にあって思索を続けてきた「多感な自然児」の軌跡を示している。
小さな作品であっても、読み手にとって人生の核になる小説や詩集や評論があるはずだ。私の人格を形成した小さくて大きな本を年代順に挙げるなら、ルイーゼ・リンザー『波紋』、素九鬼子『旅の重さ』、大原富枝『眠る女』といったところだろうか。これらは作家の自伝的な小説で、私は主人公と自分との距離を測るようにして読んでいる。ほかにも、批評の切れ味にしびれた書物、言葉の美に打たれた書物、世界の空漠におののいた書物、人間の不可思議に呆然とした書物など、ちがう網をかけてゆけば、それぞれ数冊ずつ大切な本の名が浮かぶ。これらの本を〈野の書物〉と捉えて、書評集を編んでみたいというぼんやりした望みが、少しずつ煮詰まってかたちになったのが、この『野の書物』である。挙げた作品を眺めていると、先述した私の好みに沿って、〈多感な自然児の系譜〉とでもいったラインが浮かび上がる。本書で論じた書物に通底するのは、この世のさまざまな存在に惹かれ、その形態・手触り・匂いに夢中になるあまり我を忘れたりするものの、すんでのところで言葉を命綱に理性に立ち返る精神であり、そうした精神に基づく人々の営為だという気がしている。(本文より)
机のそばに図形が坐っていた●新旧『カフカ全集』
処女懐胎●『ペンタメローネ』
幸福なコキュ●『ボヴァリー夫人』
ゲイ・スタディーズの一里塚●『実践するセクシュアリティ─同性愛/異性愛の政治学』
時代は変わる●『〈青年〉の誕生─明治日本における政治的実践の転換』
言語化された安川加壽子のピアニズム●『翼のはえた指─評伝安川加壽子』
意志と情熱がほとばしるフィルモグラフィ●『映画監督増村保造の世界─《映像のマエストロ》映画との格闘の記録1947─1986』
名訳詞華集に託された祖国への思い●『金素雲『朝鮮詩集』の世界─祖国喪失者の詩心』
亡命人生をも愛した不屈の映画人●『ベーラ・バラージュ─人と芸術家』
はざまにいる容疑者●『容疑者の夜行列車』
妄執の伽藍を支える饒舌●『女學校』
周作とは誰か─『秋津温泉』に見る戦後批判●『秋津温泉』
バランシンとファレル●『バレリーナ スザンヌ・ファレルの回想─バランシンと私』『バランシン伝』
「放っといてくれ」─自閉と自足●『ベケット伝』
典雅によろめく令夫人─デルフィーヌ・セイリグ●『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』
無為のついたての内側で起こっていること●『ヴィオルヌの犯罪』
世界の再生を祈って炎に包まれた僧侶●『焼身』
名付けえぬ関係のほうへ●『ルーガ』
この人の推す本なら読んでみたい●『アジアを読む』
子の〈文弱〉を受け容れる父●『悲劇週間』
回想が照らし出す文豪の心性●『谷崎潤一郎伝─堂々たる人生』『谷崎家の思い出』『われよりほかに─谷崎潤一郎 最後の十二年』
当事者の声を聴く●『私は「蟻の兵隊」だった─中国に残された日本兵』『棗椰子の木陰で─第三世界フェミニズムと文学の力』『島唄の奇跡─白百合が奏でる恋物語、そしてハンセン病』
読書日録Ⅰ●『音楽と文学の対位法』『映画と身体/性』『衰耄する女詩人の日々』
読書日録Ⅱ●『虹の鳥』『文藝ガーリッシュ─素敵な本に選ばれたくて。』『蝶か蛾か』
読書日録Ⅲ●『グローバル化と奈落の夢』『セバスティアン・サルガード写真集─人間の大地 労働』『素描、その果てしなさとともに』
舞踊家・伊藤道郎の見果てぬ夢●『夢なしにはいられない君─舞踊家・伊藤道郎の生涯』『伊藤道郎 世界を舞う─太陽の劇場をめざして』ほか
愚行からしたたり落ちる光●『悪人』
苦の娑婆だからこそ生きている●『とげ抜き─新巣鴨地蔵縁起』
ダニエル・シュミットのスイス絵本●『楽園創造─書割スイス文化史』
調べと意味、力点の異なる二つの訳詩●『再訳 朝鮮詩集』
強い母が老いるとき●『精G─母と子の絆』 『シズコさん』『マザー・ミレット』
事実は映画のなかで生き続ける●『ドキュメンタリーの海へ─記録映画作家・土本典昭との対話』
つくろわない文章の魅力●『小高へ─父 島尾敏雄への旅』
死者に捧げられた文学●『光の曼陀羅 日本文学論』
人生の闘士になった心情新左翼●『フランス的人生』
病んで聴くチェット・ベイカー●『美と破局 辺見庸コレクション3』
眼福ムラタ・コレクション●『偏愛ムラタ美術館』
譲らない人々─十冊の本●『山窩調』ほか
子供っぽさについて●『文学と悪』
間にあった評伝●『吉本隆明の帰郷』
だいこんと沖縄●『だいこん』
ルネの言葉●『サド侯爵夫人』
ノマドロジストの知と気骨●『きだみのる─自由になるためのメソッド』
アレクサンドリアの厭世詩人●『ギリシア詞華集3』
雲を追いかけて●『鎌倉佐弓全句集』
嘘とめっき─『生命の樹』の由美子●『生命の樹』
フーリエと私─詩「未来はオーレンカのもの」をめぐって●『愛の新世界』
いのちを分かちあう食卓●『パンと野いちご─戦火のセルビア、食物の記憶』
叡智をふだん着のようにまとい冒険へ出かけた人●『須賀敦子さんへ贈る花束』
試金石としての〈女の半生〉●『眠る女』
二重になった世界●『空き家の夢』
素晴らしい低空飛行●稲垣足穂〈飛行機もの〉あれこれ/『黒ヶ丘の上で』
篋の底の詩●『神西淸全集』第一巻
放浪の歓び●『旅の重さ』
アマビエとロマネスク●『ロマネスク美術革命』
二〇〇〇年代の軽やかなパロディ精神●『歌舞伎ゆめがたり』
多感な自然児●『波紋』
誰にも居場所がある世界●『「戦後」の思想─カントからハーバーマスへ』
野の書物─多感な自然児の系譜
初出一覧
「野の書物」に登場する書籍・映画のリスト
著者
阿部日奈子(ABE, Hinako)
東京生まれ.
詩集に,『植民市の地形』(七月堂),『典雅ないきどおり』『海曜日の女たち』『キンディッシュ』『素晴らしい低空飛行』(以上四冊、書肆山田).
訳書に,ルイス・エイラト『あかいはっぱ きいろいはっぱ』(福音館書店),ダニエル・シュミット&ペーター・クリスティアン・ベーナー『楽園創造 書割スイス文化史』(大和プレス/平凡社).
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