ハテラス船長の航海と冒険

ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションI  第四回配本

ジュール・ヴェルヌ 著
荒原邦博 訳

定価:本体5,800円+税
2021年7月1日書店発売

A5判丸背上製 かがり綴カバー装 本文9ポ二段組 648頁
挿画:270葉
ISBN978-4-900997-80-6
装幀:間村俊一
カバー装画:堀江栞
挿画:エドゥアール・リュー、アンリ・ド・モントー

「どんな子供でもハテラス船長に付きしたがって、世界の果てまで、北極点まで、近づく者を焼きつくす火山の聳え立つ、あの「クイーンズ島」まで行ってしまうにちがいない」(ル・クレジオ)。

人類未踏の北極点を目指す狂熱の冒険行。屹立する氷山、酷寒の氷原、友愛と叛乱……、北極圏を生き延びる「ロビンソン」たちを待ち受けていたものとは。
ドゥルーズ的「無人島」がヴェルヌ世界に初めて出現し、〈驚異の旅〉の真の出発点となった「紛れもない傑作」(グラック)が、「出版者まえがき」(エッツェル)とともにその全貌を現す、待望の新訳・完訳。オリジナル挿絵約270葉、ジュール・ヴェルヌ略年譜収載。

「ヴェルヌが自作を一作に集約させようと思えば、この作品以外にはありえない」(石橋正孝)。ヴェルヌ理解を決定づけたビュトールがその「至高点」の概念を抽出したのも『ハテラス』だった(「至高点と黄金時代」『レペルトワールI』所収)。ピエール=ジュール・エッツェルによって挿絵版シリーズの第一回配本として選ばれ、〈驚異の旅〉を冠せられる第一作となった『ハテラス船長の航海と冒険』。ヴェルヌの小説世界の可能性を示す記念すべき大長篇。

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 われわれはこれから、第一部「北極のイギリス人」と第二部「氷の砂漠」からなる『ハテラス船長の冒険』に引き続いて、著者により改訂され、新たな章を複数増補された『地球の中心への旅』、そして、『地球から月へ』、『気球に乗って五週間』を刊行することになるだろう。
 ヴェルヌ氏の新たな作品は、引き続きこの版に加わることになるが、われわれはこの版をつねに最新の状態に保つよう配慮しよう。既に刊行した著作とこれから刊行される著作はこうして、その総体において、著者がその全作品に〈既知の世界と未知の世界への旅〉という副題を与えた時に思い描いた計画をもれなく扱うことになるだろう。事実、全作品の目的とは、現代科学によって蓄積された、地理学、地質学、物理学、天文学のありとあらゆる知識を要約し、彼ならではの魅力的で生彩に富んだ形で宇宙の歴史を作り直すことにあるのだ。──J・エッツェル(本書「出版者まえがき」より)

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『ハテラス』は、その完全な姿において読まれるべき時が訪れるのを密かに待っていたのだった。[…]『ハテラス』は初期七作品の中で、シリーズの最初の作品として事後的に位置づけられるべき何かを秘めており、「出版者まえがき」を含んだその全体が初めて翻訳されることにより、それが解き明かされる時が漸く訪れたのである。[…]ハテラスなくして、ネモはいない。ヴェルヌを幼年期から愛読していたジュリアン・グラックは実際、『気球』に関しては「ヴィクトリア号」の挿絵の思い出だけを語っているが、その一方、『ハテラス』についてはそれを「まぎれもない傑作」と呼び、この船長が正体を明らかにする場面を鮮やかに喚起している。
[…]
「ジョン・ハテラス船長は、北に向かって、変わることなく歩いているのだった」という小説の掉尾を飾る一文は、ヴェルヌとエッツェルによる連作が、絶えず反復され、再開されることを表現しているがゆえに、読者は不思議な感動に包まれる。ヴェルヌという小説家は、実際にはヴェルヌ「と」エッツェルという、等位接続詞による生成のブロックとしてある。[…]〈驚異の旅〉とは、個々の小説の文章と構成においても、そのシリーズ化においても、ヴェルヌとエッツェルの間に引かれる横断線の効果として出現する。そして、『ハテラス』の「出版者まえがき」において〈既知の世界と未知の世界への旅〉と呼ばれていたはずの連作が、挿絵版の分冊をまとめた単行本の表紙と口絵において、いつの間にか〈驚異の旅〉という名前に生成していたというのも、小説家と編集者による稀有な組み合わせが生み出した、まことに首尾一貫した魔法なのである。だからこそヴェルヌの読者は、絶えず知られざる関係を作り出す横断線と生成変化に立ち会うために、また新たに『ハテラス』と〈驚異の旅〉の頁を開くのだ。(「訳者あとがき」より)