エクトール・セルヴァダック

ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションIII  第五回(最終回)配本

ジュール・ヴェルヌ 著
石橋正孝 訳・解説

定価:本体5,200円+税
2023年4月20日書店発売

A5判丸背上製 かがり綴カバー装 本文9ポ二段組 512頁
挿画:105葉
ISBN978-4-900997-85-1
装幀:間村俊一
カバー装画:堀江栞
挿画:ポール・フィリポトー、ジョルジュ・ルー

ある年の大晦日の夜、仏陸軍士官エクトール・セルヴァダックは、従卒のベン=ズーフとともに、尋常でない衝撃を受けて気を失う。意識を取り戻した彼らは、西と東が逆転し、一日の長さが半減し、重力が六分の一となり、誰もいない孤島にいた……。彗星の一撃によって地球の破片もろとも宇宙空間に運び去られたセルヴァダック一行の、パラレルワールドで展開される太陽系ロビンソン漂流記。

ジャンルSFの出発点と目され、惑星空間、地底、火山、気球、大洋の周航、極寒のサバイバル…ヴェルヌ世界の全ての要素を揃え、〈驚異の旅〉の転換点を刻する大作、初の完訳。挿画105葉。

最終回配本。全5巻完結!

 

 ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクションの第III巻に当たる本書には、第II巻の〈ガン・クラブ三部作〉に引き続き、宇宙を舞台にした『エクトール・セルヴァダック』(一八七七年)を収録した。主人公たちが彗星に攫われて太陽系を一周するという、ヴェルヌの全作品中、最も奇想天外と言えなくもない筋立てである。そのせいか、アメリカにおけるジャンルSFの出発点とされる雑誌〈アメージング・ストーリーズ〉の創刊号から二回に分けて抄訳が分載されたのみならず、一九二六年四月に刊行されたその記念すべき創刊号の表紙には、土星を背景に、氷柱の上に持ち上げられたドブルィニャ号とハンザ号、そしてその前の氷原でスケートに興じる登場人物たちの姿が描かれている。この雑誌を創刊した作家ヒューゴ・ガーンズバックは、H・G・ウェルズと並んでヴェルヌを前面に押し立てることで新ジャンルの正統性を主張しようとしたらしく、その際にまず選ばれたのがほかならぬ本作だった。
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 一八六三年の『気球に乗って五週間』から一八七〇年の『海底二万里』に至る〈驚異の旅〉初期作品は、本選集の第I巻および第II巻の解説で述べたとおり、〈世界一周〉型と〈至高点〉型の二類型に大別でき、『八十日間世界一周』と『神秘の島』はそれらの統合と見なしうると同時に、前者において、地球の全表面の描写が連作全体に共通の目的として浮上し、先のインタビューで初めてそのことが公にされたのであった。地球が対象化された結果として小さく感じられたからであろうか、いずれにせよ、太陽系をめぐる周航という構想が連作自体の再定義とセットで発生したように思われることは重要である。挿絵入り大判の分冊刊行シリーズ〈驚異の旅〉第一巻の『ハテラス船長の航海と冒険』(本選集第I巻)に次いで二度目となる異例の「まえがき」をエッツェルが本作に付したのも、連作の新たな定義との関連においてその筋立ての異例さを釈明する必要性を感じたからであろう。
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『エクトール・セルヴァダック』の特異性は、第一部を通じて自分たちの置かれた状況を把握できずにいる主人公たちが、生き延びるためにはそれを突き止める必要があるというごく散文的な理由から周航を続ける一方、彼らを運んでいる「地球」の運動をも絶えず意識せざるをえない点にある。「至高点」の魔力は大幅に薄れ、中心の火は、より根源的な中心たる太陽が離心率ゆえに遠ざかっている間、あくまで厳寒を凌ぐ代替手段としてしか求められないばかりか、消滅の兆しすら感じさせるのだ。ここでは冒険の脱魔術化がなにもかも曝け出している…… (解説より)