書き取りシステム1800・1900
フリードリヒ・キットラー 著
大宮勘一郎・石田雄一 訳
定価:本体8,500円+税
2021年5月1日書店発売
A5判上製 840頁
ISBN978-4-900997-88-2
装幀:間村俊一
カバー写真:港千尋
フーコーとラカンを道具立てに描きだす「書くこと」のメディア論的系譜学
ドイツ・メディア学を牽引したF・キットラーの代表作にして、20世紀後半の知に大きな影響を与えた大著。
ファウストの聖書翻訳が切り開く「1800」の、詩・哲学・教育。ニーチェのタイプライター導入に始まる「1900」の、文学・精神分析・メディア技術。二つの「書き取りシステム」の間で、書く行為はいかにその地位を変容させたか、文学言説の回路はいかなる性差のもとに配置されたか。
厖大な文献を博捜して描く革新的なメディアシステム論であり、フーコー『言葉と物』に比肩しうる人文学の記念碑。
* * *
神が控訴院議長シュレーバーのパラノイア的認識に啓示した「書き取りシステム」という語は、ある所与の文化において、有意味なデータをアドレス指定し送り、記録保存し、処理することを可能ならしめる諸技術と諸制度のネットワークを言い表すこともできる。それゆえ、書籍印刷といった技術や、それと連結した文学や大学といった制度は、歴史的に極めて強力な編成を形作るのであり、それはゲーテ時代のヨーロッパにおいて文芸学そのものを可能にする前提条件となった。(本書「あとがき」より)
書き取りシステム1800・1900|目次
I 一八〇〇
学者悲劇――舞台上の前狂言
ゲーテ『ファウスト』における書物の扱い/解釈学としての聖書翻訳/文学と哲学/聖書に取って代わる教育国家/文学、悪魔との契約、国家公務
母の口
一八〇〇年前後における読み方の学習
母親用初級読本/汎愛主義的識字教育/シュテファーニの音韻読法/標準語としてのドイツ語/ヘルダーの言語人間学と吐息「ああ」/一八〇〇年前後の言語と音楽の諸要素/言語の始まりとしての初級読本/母性的識字教育の回想可能性
母性と官僚制
ペスタロッツィによる母親のための教育学/国家のための母性/教師の官吏化/高等教育機関の二つの性/F・シュレーゲル――哲学と女性について
言語の通信路
翻訳の不-可能性
一般的等価物としての意味/ノヴァーリスにおける、翻訳としての科学と文学/読者アントン・ライザー
黄金の壼
言語の始まりとしての口述による秘義伝授/父親による書き方授業改革/ロマン主義の始原の書字としての自然/官僚神話と図書館幻想/識字教育の愛/無意識の詩人と狂気の官吏/一八〇〇年前後の詩人官吏の二重生活
作者たち、読者たち、作者たち
書くことの陶酔と固定観念/感覚的メディアの代理としての文学/歴史的に過去に属するテクストのシステム統合/作者という機能の定立
乾杯の辞
女性読者という機能……
一八〇〇年前後の女性作家たちの匿名性/ベッティーナ・ブレンターノと始原の作者ゲーテ/女性たちの詩人としての、ゲーテのタッソー/詩的な愛の告白/ホフマンの、ヒステリー性の女性読者/作者の増殖と読書の規制/女性の読書中毒/文学読本
……そして神の国
ニートハマーのゲーテ読本/高等学校制度におけるドイツ文学/哲学と大学改革/競合する詩人と哲学者/詩的精神の現象学/話すこと、読むこと、書くことに関するヘーゲル/哲学者、詩人、女性
II 一九〇〇
ニーチェ――ここに悲劇が始まる
ニーチェによる古典主義の決算/自動詞的な書く行為の原光景/一九〇〇年前後の言葉屋/三つのメディア――言語、音楽、映画/ニーチェのシニフィアンの論理学/盲目とタイプライター/口述者にして独裁者たるニーチェと彼の女性秘書たち/女性の耳のための哲学
偉大なラルラ
精神物理学
エビングハウスの記憶実験/一九〇〇年前後の言語と音楽の諸要素/モルゲンシュテルンのランダム詩/文化技術と失語症研究/失語症者の文学/実験における聴取と押韻/瞬間露出器を用いた読書研究/ガートルード・スタインの実験における自動書記
技術的メディア
蓄音技術の起源/蓄音機詩と痕跡保全/蓄音機を使った実験での思考奔逸/ベンとツィーエンにおける思考奔逸/ベンの『旅』――言葉から映画館へ/技術的メディアと娯楽文学/自足的メディアとしての高尚文学/文字の精神物理学/モルゲンシュテルンのタイポグラフィー詩/シュテファン・ゲオルゲ書体
判じ絵
翻訳不可能性とメディア変換
ゲオルゲの秘密の言葉の宝庫/個々のメディアの分析と組み立て/精神分析とその裏面/フロイトの夢解釈技法/精神分析vs映画/フロイトの精神物理学的諸前提/寝椅子の上の文字/蓄音機かつ作家としてのフロイト/文学テクストの精神分析/精神病者のテクストの精神分析/シュレーバー、フロイト、フレクスィヒ/シュレーバーに関する「書き取りシステム」/教養の終焉と無意味の快楽
狂気のシミュラークル
文学と精神医学/競合する作家と精神分析家/脳内経路のテクスト化/リルケの「始原のノイズ」における頭蓋骨蓄音技術/『マルテ・ラウリッツ・ブリッゲ』/書く文盲者たち/リアルタイム解析と想像不可能なもの/芸術教育運動における自由作文/精神の官吏たちに代わる偶然の書き手たち/偶然の読者のための偶然の記録保存器/作者の匿名/歴史的に過去に属する女性の書き手たちのシステム統合
クィーンの捨て駒
『未来のイヴ』/精神分析と女性たち/女性たちとタイプライター/ストーカーの『ドラキュラ』――タイプライターの吸血鬼小説/高尚文学と娯楽文学におけるタイピストたち/カフカの恋愛――技術的メディア/最先端の技術水準
あとがき
第三版あとがき
訳注
訳者解題
文献目録
人物目録
Friedrich A. Kittler: Aufschreibesysteme. 1800·1900. München (Wilhelm Fink Verlag) 1985, 3. Auflage, 1995
カバー写真=デンマーク王立図書館閲覧室(コペンハーゲン)、2010年、港千尋撮影
【著者】
フリードリヒ・キットラー|Friedrich A. Kittler
1943年生、2011年歿。ボーフム・ルール大学教授などを経て、1993年よりベルリン・フンボルト大学教授。メディア論を軸に思想・文学・芸術・歴史を論じ、ドイツのメディア学を牽引するのみならず、20世紀後半の諸分野の知に大きな影響を与える。主な著書に、『書き取りシステム1800・1900』(初版1985年)[本書]、『グラモフォン・フィルム・タイプライター』(1986年)[邦訳=石光泰夫・石光輝子訳、筑摩書房、1999年/ちくま学芸文庫、2006年]、『詩人、母、子』(1991年)、『ドラキュラの遺言』(1993年)[邦訳=原克・大宮勘一郎・前田良三・神尾達之・副島博彦訳、産業図書、1998年]、『文化学の文化史』(2000年)、『視覚的メディア』(2002年)、『不滅の人々――追悼、回顧、亡霊たちの対話』(2004年)、『音楽と数学』2巻(2006–09年、未完)など。
【訳者】
大宮勘一郎|Kanichiro Omiya
東京大学大学院人文社会系研究科教授。専門はドイツ文学・ドイツ思想。著書に『ベンヤミンの通行路』(未來社、2007年)。共著書に『ハインリッヒ・フォン・クライスト――「政治的なるもの」をめぐる文学』(インスクリプト、2020年)、『纏う――表層の戯れの彼方に』(水声社、2007年)ほか。訳書に『ゲーテ ポケットマスターピース02』(編訳、集英社文庫、2015年)、『フロイト全集19』(共訳、岩波書店、2010年)、フリードリヒ・キットラー『ドラキュラの遺言』(共訳、産業図書、1998年)ほか。
石田雄一|Yuichi Ishida
中央大学法学部教授。専門はドイツ文学・ドイツ思想。共著書に『〈新しい人間〉の設計図――ドイツ文学・哲学から読む』(青灯社、2015年)ほか。訳書に『フロイト全集19』(共訳、岩波書店、2010年)、ハイナ・ミュラー『闘いなき戦い』(共訳、未來社、1993年)ほか。
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