連載|山影の町から 02

石の気配

©️Kasama Naoko

 山に囲まれた盆地であり、河岸段丘の地形でもあるから、秩父には段差が多い。古くから畑や宅地にしている土地は、土留めに石垣を積んである。セメントを流し込んだものもあるが、本来は無論、空積みで、自分の敷地の石積みを自力でおこなう者も、まだ、いるにはいる。角の取れた丸っこい石が使われているので、来たころは何やら南国の風情だなと勝手に思っていた。

 ある日、鉢の植木を地植えにしようと、庭の――といっても、その一画は長年、ひとや車の通り道になっていた、硬い土が剥き出しの空き地なのだが――地面を掘り返すべくシャベルを差し込もうとしたところ、ほとんど入らない。岩盤なのかと疑ったが、少し位置をずらすと、ずずっと入っていく。そして途中で止まる。隙間をこじあけるように掘っていくうち、周囲の土がふっと浮いて、大きな丸い石が出てきた。その横にも、下にも、大きな石が埋まっている。

 それは自分の土地だけの話ではなく、町から少し離れたところによそから移り住んだひとも、やはり、地面を掘ったら石だらけでまいったと言っていた。地中に玉石がやたらとあるのは、やはり、かつて荒川が運んできたということなのだろうか。いずれにせよ、彼も、わたしも、同じように、自分で地面を掘ることを通して、ほうぼうで見かけるあの丸い石でできた石垣は、土地を耕せば自然に出てくる石を集めて積んだものなのだと、各々、納得したのだった。

 地中に埋まっている石で石垣ができることを知ったとき、たとえば二週間、朝から晩まで、シャベルで敷地の石を掘り起こす作業をひたすら続けられたらと夢想した。出てきた石は隅に集めておく。その石を積んで、塀をつくる。あるいは、小道をつくる。

 しかし、その後、ふぞろいな土地の高さを均すべく、庭の空き地の部分には上から土を足してもらうことになり、しかも作業をはじめてみると、かなり厚く足す必要があった。したがって玉石の層は地中深くへ遠のき、石を掘る夢想が実現する日は、まず来ないこととなった。

 その代わり、新しい土の層には、桑の苗があちこちに生えてきた。家の裏に桑の木があって実がよくなり、鳥が食べに来るから、種が散らばるのは不思議ではない。それに、運ばれてきたばかりの柔らかい土は、根を張りやすかったのだろう。桑畑にしたくはないので、地際から伐ってはいるものの、エマヌエーレ・コッチャが『植物の生の哲学』で言うように、地上に見える木は半身にすぎず、もう半身が鏡像のように地中で生きているのだとすれば、根は相当に深いはずで、掘り起こすのは容易ではない。そのうちに、と思いながら、ずっと埋まっている。

 見えないけれどもそこにあるものの気配が、地面から漂う。気のせいか、いつも。部屋のなかで本を読んでいると、時々、窓の外に、土を掘る自分がいるような感じがする。

笠間直穂子(Naoko Kasama)

フランス語文学研究・翻訳。國學院大學文学部准教授。宮崎県串間市生れ。著書に、『文芸翻訳入門』(フィルムアート社、共著)、『文学とアダプテーション』(春風社、共著)他。訳書に、ンディアイ『心ふさがれて』(第十五回日仏翻訳文学賞)、『みんな友だち』(以上、インスクリプト)、『ねがいごと』(駿河台出版社)、モーパッサン『わたしたちの心』(岩波文庫)、フローベール『サランボー』(抄訳。集英社文庫、ポケットマスターピース 07)、シャルル・フェルディナン・ラミュ『パストラル──ラミュ短篇選』(東宣出版) 他。