第四世紀

Le Quatrième siècle

エドゥアール・グリッサン 著
管啓次郎 訳

定価:本体3,800円+税
2019年9月24日書店発売

四六判上製 400頁
ISBN978-4-900997-52-3
装幀:間村俊一
装画:久保田沙耶

われわれは誰もがアフリカ人だ!

遂に姿を現すマルティニック・サーガの核心部。奴隷船でカリブ海・マルティニック島に運ばれたアフリカ黒人の、対立し混じりあう二つの家系を軸に、六代にわたる年代記が描くアフロ=クレオールの歴史。記憶を創造し、歴史を奪い返す想像力の冒険。
幻視能力を持つ登場人物パパ・ロングエの語りにのせて綴られる、マルティニック島を舞台にした年代記的長篇連作=マルティニック・サーガを代表する小説であり、神話的興趣と散乱する詩語、語りの実験性において、グリッサンが最も影響を受けたフォークナー『アブサロム、アブサロム!』『響きと怒り』にも比肩される作品。ノーベル賞を目前に惜しくも逝去したグリッサンの長篇代表作を最良の訳でお届けします。

世紀というのは、ひとつまたひとつと百年の隔たりをもって進んでゆくものではなく、踏破された空間、そして空間の中の境界のことだった。「あの黒人、あいつは一世紀だ!」けれども誰もまだ、こういったことはなかった。「わたってきた海、あれは一世紀だ」と。おまえが目も見えず、魂も声も無くして上陸した海岸、それも一世紀だ。巨大な幹を、ほとんどみずから切り倒しゆっくりと朽ちはててゆく森、それも一世紀だ。三百周年の巧妙な仕掛けに飾られるのではなく、理解されない血、声なき苦痛、反響なき死にむすびつけられたまま。言葉なき時の中に、あるいはついには無となっていったあの樽の中に失われている四度の百年に、埋もれてしまったこの邦の。(本文より)

詩人・小説家・思索的散文家のすべてだったグリッサンが追求したものをひとことで語るなら、やはりそれは「詩学」だった、ということになると思います。詩学、すなわち創造の論理。ジャンルを問わず、言語作品の創造が、みずからの根拠を問いつつ進んでゆくとき、そこに働いている力の探求と造形。作品を生む力はひとつではなく、つねにさまざまな力とさまざまな歴史の糸=意図の錯綜した全体として作動しています。それらをまるごと受け止めつつ、まるで地水火風の自然力を思わせるそれらに身を隠すこともできずにさらされつつ、作家は制作する。作品を、世界を。人を打ちひしぎ押し潰す、圧倒的な現実世界に対する、批判を組みこんで。ある与えられた如何ともしがたい歴史に対して、歴史には別の流れ方もありえたのだ、あるいは別の語られ方もあったのだ、という対抗的ヴィジョンを真っ向からぶつけてゆく。そんな大きな構図をひきうけて、どのジャンルにも閉じこもることなく「世界のすべて」を考え書こうとしたのが、彼でした。
その営みの立脚点には、つねに非常に具体的な場所がありました。カリブ海の小さな島、マルティニックです。そこに奴隷として西アフリカからの移住を強制された祖先以来、世紀を横切り、現実の土地の遷移をたどりながら命をつないできた人々の物語を、文字記録の向こう側で幻視し、まざまざと甦らせようとする試み。まるでこの熱帯の島の植生そのもののように濃密な文体で記されるこの世界像を、現在の地球社会に必要な光を投げかけるものとして、体験していただければと思います。(訳者あとがきより)